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【アズレン】《特別企画》巡洋戦艦比叡 発見記念! その歴史を紐解く……!!【アズールレーン】

2019年1月31日、ソロモン諸島のサボ島北西沖水深985mの海底で、第三次ソロモン海戦で沈んだ巡洋戦艦比叡が発見された。比叡を見つけ出したのは、かつて戦艦武蔵や空母レキシントン、軽巡ジュノーなどを発見した故ポール・アレン氏の海底探索チームだ。この記事では戦艦比叡が歩んだ激動の歴史について書かせてもらう。

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目次

▼【比叡の誕生】

▼【比叡と第一次世界大戦】

▼【練習戦艦・比叡】

▼【御召艦・比叡】

▼【第二次改装】

▼【太平洋戦争開戦】

▼【運命の第三次ソロモン海戦】

▼【比叡の最期】

▼【海底の比叡】

 

比叡の誕生


▲比叡の雄姿(出典:RV Petrel/Facebook)


▲海底に眠る比叡(出典:RV Petrel/Facebook)
 

金剛型巡洋戦艦二番艦である巡洋戦艦比叡は、1911年11月4日に起工し、1912年11月21日に進水、1914年8月4日に竣工を果たした。一番艦の金剛はイギリスのヴィッカース社で建造されているが、比叡は兵装や部材を買い付け、一部部品を日本で製造して組み上げられた半ノックダウン建造となっている。

妹艦の榛名、霧島は部品まで含めた純国産艦となっており、金剛型四姉妹の歴史を追うことにより、日本の戦艦建造技術が向上していく過程を知ることが出できるだろう。

なお、現役時代は地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡と呼ばれるほどに訓練及び生活環境が厳しかったことでも知られている。


▲横須賀にて建造中の比叡(出典:wikipedia
 


▲アズレンの比叡。金剛型四姉妹の中では一番最初に実装された

比叡と第一次世界大戦

1914年7月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が殺害されたサラエヴォ事件を発端として、第一次世界大戦が勃発した。比叡の竣工は、開戦のわずか一週間後という状況下だった。

当時の日本はイギリスとの日英同盟を結んでおり、参戦及び金剛型戦艦の応酬派遣を求められたが遠方でもあり日本側はこれを拒否、将来に禍根を残すこととなる。しかしドイツが中国の青島を中心にアジア側の拠点を築いたため、日本も参戦を了承。8月23日に連合国側として参戦し、比叡は姉の金剛と共に東シナ海へと進出。

竣工から20日と経たないうちに、比叡は実戦航海を経験することとなった。

練習戦艦・比叡


▲練習戦艦に改装された比叡。4番砲塔が撤去され、主缶(エンジン)も交換されて最高速度が27ktから18 ktへと低下している。(出典:wikipedia
 

この時代の戦闘艦の歴史を語る際に、必ず大きな影響を与えているのが1921年のワシントン海軍軍縮条約である。第一次世界大戦終了後に列強諸国の軍縮気運が高まったことを受けて各国の保有艦船の総排水量比率が定められ、単艦の戦闘力向上が図られることになり、金剛型は順次改装を受けることとなった。

比叡は1929年に第一次改装が開始されたが、翌1930年、既存艦の削減を定めたロンドン海軍軍縮条約が成立。比叡は国内初のノックダウン生産ということもあり、細かいところに多数の不具合を抱えていた関係で徹底改装を受ける必要があったうえ、改修中に関東大震災が発生し作業がストップしてしまう。

削減対象となり廃艦の瀬戸際まで追いこまれるが、 装備の削減により練習戦艦としての保有が認められ、生きながらえることに成功する。

後に再改装を受けて戦艦へと復帰するが、登録は最後まで練習戦艦のままだった。


▲改装により装備された比叡の12.7cm連装高角砲らしき武装(出典:RV Petrel/Facebook)

召艦・比叡

練習戦艦となり艦隊から外された比叡は、武装の撤去によりスペースが空き、なおかつスケジュールにも余裕ができたため、昭和天皇の御召艦として頻繁に利用されるようになった。


▲比叡艦内の御座所(出典:wikipedia

他の戦艦もお召し艦として使用されたことはあるが、比叡は合計で3回お召し艦として使用されており、これは歴代の帝国海軍軍艦としては2位の記録となる(1位は装甲巡洋艦 浅間の4回)。

切手の絵柄としても使用されたため、長門型戦艦などと並んで知名度は高く、庶民にも親しまれた戦艦となった。

第二次改装

1936年(昭和11年)、12月末にロンドン海軍軍縮条約が期限切れになるタイミングで、比叡には大規模な改装が施され現役戦艦へと復帰することとなった。


▲改装後の比叡(出典:wikipedia
 

この改装で比叡は大和型戦艦で採用される予定となっていた九八式射撃盤と九四式方位照準装置を装備したため、艦橋が姉妹艦とはかなり異なる形状となった。

また、 艦幅も姉妹艦よりも1m広くなっている。主缶の交換により速度も公試で29.9 ktを記録し、空母機動艦隊に追随できるだけの速力を持つに至った。

太平洋戦争開戦

1941年12月8日に勃発した太平洋戦争では比叡は妹艦の霧島らと共に、赤城・加賀ら空母6隻を主力とする南雲機動艦隊の支援部隊として真珠湾方面へと同行した。


▲真珠湾へと出撃する赤城・比叡・霧島(出典:wikipedia

比叡自体の戦果はなかったが、無事に主力部隊の護衛をやりとげ12月24日に日本に帰還している。翌年1月8日には再び南雲機動部隊と共に出航し、ラバウル空襲及びポート・ダーウィン空襲に参加。

その後は南方部隊に南雲機動部隊ごと編入され、2月16日には金剛・榛名と合流し、金剛型四姉妹が遂に戦場で肩を並べたのであった。


▲写真右より金剛、榛名、霧島、比叡、飛龍、蒼龍、赤城。 戦場で金剛型四姉妹が肩を並べたのはこれが最初で最後だった(出典:wikipedia)。
 

3月1日にはアメリカの駆逐艦エドサルを発見し主砲にて砲撃を加えるが命中せず、その後集中攻撃を受けて大破したエドサルに接近して副砲でとどめを刺している。

これが太平洋戦争初の、戦艦による敵艦撃沈となった。その後の比叡はセイロン沖海戦やミッドウェー海戦に参加しているが特筆すべき戦果は無かった。

運命の第三次ソロモン海戦

1942年11月9日にガダルカナル島のヘンダーソン飛行場を破壊するために出撃した比叡及び艦隊群は、12日に猛烈なスコールに度々襲われ、午後10時に攻撃困難と判断して反転した。

しかし直後に天候が回復したため再度反転して約40分遅れでガダルカナル島へと接近したが、スコールと度重なる反転、夜間という悪条件が重なり、艦隊の統制が乱れてしまう。 午後11時42-43分ごろ、比叡は迎撃に出てきたアメリカ巡洋艦艦隊を発見、第三次ソロモン海戦が勃発する。

このとき比叡は対地攻撃用に三式弾を装填して飛行場めがけて発射寸前の状態だったため、対艦用の徹甲弾に切り替えるか首脳部で押し問答が発生しているが、三式弾をそのまま使用して射撃を行うこととなった。

午後11時51分、比叡は探照灯でアメリカ艦隊を照らし出すと、主砲射撃を開始し、防空巡洋艦アトランタに初弾を命中させて、ノーマン・スコット少将以下士官をほぼ全滅に追いこむ(アトランタは後に激戦の末に沈没)。

しかし暗闇の中で灯りを照らす比叡は格好の的になってしまい、戦艦サンフランシスコや駆逐艦のカッシンラフィーたちから猛攻を受けてしまう。 40分間の夜間戦闘で85発の砲弾を受けた比叡は艦橋を破壊されて参謀長が戦死し、生き残った将校たちも負傷。

米軍巡洋艦主砲弾に艦尾喫水線付近を貫通され、艦後部舵取機室・電動機室が浸水、操舵不能の状態へと追いこまれてしまう。

比叡の最期

敵味方大勢が沈んだ夜戦を生き残った比叡だったが、その最期は連絡ミスという悔やまれる形で訪れた。

13日の夜明けと共に、米軍は満身創痍の比叡に向けて次々と航空部隊を送り込んだ。次々と雷撃、爆撃を受け更なる打撃を受けた比叡だったが、未だ機関室は健在であり、十分な支援があれば戦線を離脱できる可能性は十分に残されていた。

しかしここで、艦長に「機関室全滅」という誤った連絡が届いてしまう。もはや離脱は不可能と判断した艦長の命令により、総員対艦命令が下される。

午後5時、比叡の生存者を乗せた駆逐艦群が比叡の元を離れたが、午後11時ごろに再び近くを通りかかったときには既に比叡の姿は海上から消えていた。お召し艦として親しまれた戦艦比叡は、あっけなくその最期を遂げた。

海底の比叡

2019年1月31日、ソロモン諸島沖の海底で、故ポール・アレンのチームが海底に眠る比叡を発見した。発見された比叡は船体の前方3分の1が失われており、船体前方の艦橋よりも前の部分が発見されておらず、なんらかの爆発により船体が切断されたものと考えられている。

ここに公開された海底の写真を掲載させてもらう。安らかに眠る比叡の姿を、ご覧いただきたい。


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)
 


(出典:RV Petrel/Facebook)


記事○早川清一朗

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