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『アズレン』:航空母艦アークロイヤルの歴史を紐解く withコスプレイヤー『アズールレーン』

魅力的なキャラクターが揃っている『アズールレーン』の中でも、とくに際立った個性を持つのがロイヤル所属の航空母艦アークロイヤルだ。この記事では駆逐艦たちを妹として可愛がる……を少し通り越して危険な愛情を注いでいる彼女の、史実での活躍とその最期を追っていこうと思う。

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また、今回は世界コスプレサミットで8月5日に開催されたアズールレーンコスプレコンテスト inWCS2018においてファイナリストとなったコスプレイヤー、せっとん梓さんのご協力もいただいている。せっとんさんのアークロイヤルへのなり切りぶりと、身にまとう艤装をぜひご覧いただきたい。


▲アークロイヤルの艤装を身にまとったせっとん梓さん
 

アークロイヤルの歴史

航空母艦アークロイヤルは1935年9月16日に起工され、1937年4月13日に進水。1938年11月16日に就役している。

イギリスは1922年に署名したワシントン軍縮条約により航空母艦の保有量は13万5000トンまでという制限を受けていたが、列強諸国の関係は条約締結以後も悪化の一途をたどり、1934年12月には日本が条約の破棄を通告。

これを皮切りに一斉に世界中で軍拡が推し進められ、新たな対戦の勃発は間近という情勢となっていった。


▲建造途中のアークロイヤル(写真はwikipediaより)

イギリスはワシントン軍縮条約により13万5千トンの空母排水量を割り当てられており、内19545トンが余っていた。

当初アークロイヤルはこの排水量の枠に収まるよう作られる予定だったが、条約破棄により無理な排水量軽減を行う必要が無くなったため、最終的には22600トンの中型空母として完成を見た。規模としては日本の飛龍型、アメリカのヨークタウン型とほぼ同等とされている。

イギリスはアークロイヤルの建造後、得られた知見を生かしてイラストリアス級6隻の一挙建造に踏み切ったため、同型艦は存在しない。


▲イラストリアス級はアークロイヤルの設計を基にして建造された。なお、イラストリアス級はアークロイヤルよりも重装甲である。

第二次世界大戦勃発

1939年9月1日、ドイツのポーランド侵攻をもって第二次世界大戦が勃発。

3日にはアークロイヤルも対Uボート戦闘部隊「対潜群」の一員として出撃の命が下る。3隻の駆逐艦、フォックスハウンド、フォークナー、ファイアドレイクと共に任にあたったアークロイヤルは9月14日にU-39を発見。

雷撃を受けるもからくも回避に成功する。駆逐艦たちは爆雷攻撃を仕掛けU-39を強制浮上させ、アークロイヤルと駆逐艦たちは、イギリスにとって初のUボート拿捕(ドイツにとっては初のUボート喪失)という輝かしい戦果を挙げることとなった。

9月26日にはアークロイヤル艦載機のスクアがドイツ空軍所属のドルニエDo 18飛行艇を撃墜し、イギリス空軍初の航空機による航空機撃墜を記録。着々と戦功を積み重ねていったアークロイヤルは、10月には通商破壊を行っていたドイツの重巡洋艦アドミラル・グラーフ・シュペーの探索に加わる。

直接戦闘には参加しなかったが、包囲網にアークロイヤルが加わるという情報を知ったシュペーの艦長に自沈を決断させるという間接的な貢献を果たした。

グロリアスと共に

1940年4月。ノルウェーへのドイツ軍侵攻を止めるべく、アークロイヤルは航空母艦グロリアスと共に出撃する。


▲グロリアスは軽巡洋艦改装型空母。アークロイヤルと共にノルウェーに侵攻したドイツ軍と戦ったが、6月8日に巡洋戦艦シャルンホルストとグナイゼナウに捕捉され、撃沈された。

ノルウェーのドイツ軍と激闘を繰り広げたアークロイヤルたちだったが、ドイツ軍の勢いを止めることはできなかった。

大陸側のフランス軍が崩壊寸前となり、戦況は切迫。イギリス側に戦力を戻さなければいけない状況となり、アークロイヤルたちは撤退を余儀なくされる。この撤退の過程で航空母艦グロリアスは駆逐艦アカスタアーデントに護衛され先に出発するが、ドイツの巡洋戦艦シャルンホルストグナイゼナウにより、3隻とも沈められるという悲劇が起こる。

6月13日にアークロイヤルはシャルンホルストの拠点トロンハイムに攻撃を仕掛けるが失敗に終わり、僚艦の敵を討つことはできなかった。

地中海へ

6月23日。アークロイヤルは巡洋戦艦フッドと共に駆逐艦3隻を引き連れ、フランス海軍艦艇が滞在しているジブラルタルへと到着する。

この時点ですでにフランスは枢軸側に降伏しており、フランス艦隊が枢軸側に付く前に降伏ないしは自沈させるためだった。

しかし交渉は決裂しメルセルケビール海戦が勃発する。イギリス艦隊は攻撃を仕掛け戦艦ブルターニュを撃沈するが、戦艦ダンケルクおよびストラスブール を取り逃がしてしまう。このときアークロイヤルは座礁したダンケルクを攻撃し損傷させるが、ダンケルクは応急修理に成功し、かろうじて撤退。

ストラスブールに対しては3度の攻撃をしかけたが、有効打を与えられずに取り逃がしてしまっている。


▲『アズレン』のダンケルクはかつてロイヤルと戦ったことを覚えているようだ

その後、アークロイヤルは1941年5月まで各地を転戦。数々の功績を挙げた。

ビスマルクの追跡

1942年5月18日。ドイツは戦艦ビスマルクと重巡洋艦プリンツ・オイゲンの2隻による対英通商破壊作戦、ライン演習作戦を発動。

24日、ドイツの目論見を打ち破ろうとしたイギリスは戦艦プリンス・オブ・ウェールズや巡洋戦艦フッドを始めとする艦隊を送り込んだが、逆にフッドを撃沈されてしまう。しかしビスマルクにも損傷を与えており、修理のためにプリンツ・オイゲンと別れ帰還しようとするビスマルクに対し、イギリスは総力を挙げての追撃戦を敢行する。

アークロイヤルは巡洋戦艦レナウン、軽巡洋艦シェフィールドに加え、駆逐艦フォーチュンフォックスハウンドらと共に追撃に参加。

26日には捕捉に成功し、ソードフィッシュ隊の雷撃によりビスマルクの舵を破壊することに成功。方向を変更できなくなったビスマルクは26日深夜から27日にかけて猛攻を受けて轟沈。水面の底へと沈んでいった。


▲ビスマルク級戦艦1番艦ビスマルク。2番艦のティルピッツはすでに『アズレン』に実装されているため、いずれ実装される可能性は高い。

 

アークロイヤルの最期

アークロイヤルは1941年6月以降、地中海に浮かぶマルタへの航空機輸送に奔走。徐々に悪化する戦線を支え続けた。しかしドイツ軍が地中海に配備した大量のUボートは、確実にアークロイヤルへと迫りつつあった。

1941年11月13日。マルタへと航空機を送り届け、ジブラルタルへと向かったアークロイヤルと護衛部隊は、Uボート警報を受信。警戒を高めていた。

しかし15時41分。警戒網を潜り抜けたドイツ軍のU-81から発射された魚雷がアーク・ロイヤルの右舷艦中央を直撃する。


▲U-81も『アズレン』に実装済み。アークロイヤルのことは大分変った人だと思っているようだ。


▲雷撃により浸水し、傾いた状態のアークロイヤル(写真はwikipediaより)

浸水により 右舷側の主機(エンジン)は停止。船体の後ろ半分は停電状態となる。急激に船体が傾いたため早々にアークロイヤルの放棄が決定するが、 しばらくすると状態は安定。組織的なダメージコントロール処置と曳航が試みられることとなったが、そのときすでに浸水は拡大しており、初期対応の誤りが致命傷となってしまった。

駆逐艦ラフォーレイによる曳航が試みられたが、アークロイヤルは急速に傾きを増していき、14日午前4時には傾斜角27度に達したため復旧作業は中止。乗員退避完了後の午前6時19分にアークロイヤルは転覆し、数分後には沈没していった。 沈没地点はジブラルタルから41kmだった。

その後のアークロイヤル

2002年の12月、 ジブラルタルから56kmの深度1000mの海底でアークロイヤルの残骸が発見された。船体は2つに分断されており、周囲には艦載機や環境などが散乱している状態のようだ。

そして『アズレン』世界のアークロイヤルは愛する駆逐艦たちに囲まれ、幸せ絶頂な日々を送っている。

少々表現に行き過ぎたところもある気もするし、誤解されているところもあるだろうしひょっとしたら本当に危険な人なのかもしれない。だが、彼女が駆逐艦に向ける愛情は本物だということは、指揮官たちならば誰もが知っているし納得してくれると思う。

 

そんなアークロイヤルだが、空母としても、おそらく秘書官としても優秀だ。黙っていれば美人であることは間違いないのでうまく付き合っていきたい。

共に戦場を駆け続ける日々が続いたある日、彼女が指揮官に向ける目線が今までとは違ったものになっているかもしれない。その日を目指して頑張っていこう。

(記事・写真:早川清一朗)

(コスプレイヤー:せっとん梓


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