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『アズレン』シナジー効果と史実を紐解く(11):戦艦長門『アズールレーン』

海洋シューティングRPG『アズールレーン』(以下『アズレン』)に登場する艦船は、おもに第二次世界大戦当時の枢軸国、連合国が保有していた艦船をモデルとしている。これらの艦の中には、同時に出撃させることにより、大きなシナジー効果を得られる組み合わせがある。ここでは知っていると便利な組み合わせと、元となった艦の史実エピソードについて解説する。

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戦艦長門・四代目連合艦隊旗艦

重桜のシンボルたる戦艦長門は、旗艦として出撃した際に発動する「四代目連合艦隊旗艦」スキルを保有している。このスキルは、同じ艦隊として出撃した重桜所属の艦の火力がLV1の時点で4.0%。LV10の時点で10.0%アップ。装填・命中がLV1で5.0%、LV10で20.0%アップ。重桜所属空母が敵に与えるダメージがLV1で5.0%、LV10で20.0%アップする。赤城加賀を始めとする強力な航空母艦を多数保有する重桜陣営待望のスキルと言えるだろう。

 

重桜には長門同様、旗艦として運用した場合に発動するスキル「連合艦隊旗艦」を保有する戦艦三笠がいるが、三笠のスキルは火力と装填のみの上昇であるため、空母メインの運用をする時は長門。戦艦メインの運用では三笠と、完全に住み分けることが可能となっている。


▲三笠を旗艦運用する場合、日向などの火力アップ系スキルを持つ戦艦と組ませるといいだろう。もちろん長門と組ませるのも十分選択肢となりうる。

 

長門の入手方法

2018年の5月31日から6月14日まで開催されるイベント「墨染まりし鋼の桜」の期間限定建造で入手が可能となっている。

先行実装であるためいずれ再度入手機会が訪れる可能性はあるが、いつになるかはわからない。強力な艦であるため、可能であれば本イベントで入手しておきたい。無理をする価値はあると断言しよう。

戦艦長門の誕生


▲1944年の長門。(写真はwikipediaより)

日露戦争においてロシアバルチック艦隊を打ち破った日本は、世界の一流国家への仲間入りを果たした。

さらに海軍力を増強しようと考えた日本は、徐々に関係が悪化しつつあったアメリカを仮想敵と定め、戦艦8隻・装甲巡洋艦8隻の建造計画を立てる。これが八八艦隊計画である。

長門は八八艦隊計画の一番艦として1917年(大正6年)8月28日にて起工。1919年(大正8年)11月9日に進水。1920年(大正9年)11月25日には当時世界最大級の 41cm連装砲4基を備え、最大速力も26ノットと世界最高の火力と高速性を併せ持つ、最強の戦艦として竣工を果たした。

しかしながら当時の日本の経済力では八八艦隊の建造、維持は不可能であった。列強諸国も際限ない軍備拡張に伴う歳出増には頭を痛めており、1921年のワシントン軍縮条約の締結により、計画は事実上消滅することとなる。

なお、軍縮条約会議開催時点で未完成となっている41cm砲(16inch砲)搭載予定の戦艦は全て廃棄することとなっていたが、日本は建造途中だった長門型二番艦、「陸奥」の完成を主張。

交渉の末、陸奥の建造を認めさせる代わりに、イギリスにはネルソン級戦艦1番艦ネルソン 同2番艦ロドニーの新造を認め、アメリカにはすでに廃艦が決定していたコロラド級戦艦1番艦「コロラド」および同3番艦「ウエストバージニア」 の建造続行を認めることとなった。

軍縮条約会議開催時に完成していた16inch砲搭載型戦艦である「長門」とコロラド級2番艦の「メリーランド」の2隻を加えた以上7隻が後にビッグセブンと呼ばれる戦艦たちである。

なお、ビッグセブン同士が戦場で砲火を交えることは無かった。

第四代連合艦隊旗艦・戦艦長門

竣工直後、長門は松島、三笠、敷島に次いで四代目となる連合艦隊旗艦の任に就く。連合艦隊については以下の記事に記載があるので参考にしてもらいたい。

『アズレン』シナジー効果と史実を紐解く(3)戦艦三笠が歩んだ歴史:前編

なお、連合艦隊旗艦は1941年の開戦までに陸奥、山城伊勢、金剛、榛名も務めているが、主軸はあくまで長門であり当時の少年たちは戦艦の絵を書くときに、長門の特徴である屈曲型煙突(後に改修された)を必ず書いたとも言われている。それだけ日本国民にとっては国のシンボルとして認知されており、極東の小国に世界最大の戦艦があるという事実は誇りともなっていたのだった。


▲屈曲煙突時代の長門(写真はwikipediaより)

開戦・長門の初陣

世界最強の戦艦として威容を誇っていた長門だったが、関東大震災の救援任務や数々の演習作戦への参加を除けば、実戦に出動する機会は太平洋戦争開戦まで存在しなかった。建造後にも度重なる改修が行われ、性能向上が試みられたが時代と共に建艦技術は進歩。日本も長門型を上回る史上最大の戦艦、大和・武蔵を建造することに成功していた。

1941年12月、南雲機動部隊が真珠湾攻撃を成功させた後、長門は連合艦隊旗艦 として艦隊を従えて出迎えのために小笠原諸島まで出撃。結局長門が実戦で連合艦隊旗艦を務めたのはこのときだけであり、1942年2月には大和が長門に代わり旗艦を務めることとなった。


▲建造中の戦艦大和。右隣は軽空母鳳翔。真ん中後方に小さく見えるのが給糧艦間宮(写真はwikipediaより)

ミッドウェー・大艦巨砲の時代にあらず

大戦分け目の決戦となったミッドウェーの戦いに長門も参戦。しかしながら時代は大艦巨砲から航空主兵へと変化しており、戦闘は空母同士の打撃戦となった。双方大きな被害を出した激しい戦いは、米軍が日本の誇る空母機動部隊を殲滅するという結果に終わった。

長門を始めとする主力部隊はなんら戦いに寄与することなく撤退。戦艦の時代は既に終わっていることを、長門は身をもって味わうはめとなったのだった。

陸奥爆沈


▲1926年当時の陸奥(写真はwikipediaより)


1943年(昭和18年)6月8日昼。突如として陸奥の三番砲塔から四番砲塔付近で大爆発が起き、沈没。 1,474人の乗員中、生存者は わずか353人という大惨事となった。

爆発の原因は今もなお不明とされている。このとき長門は陸奥のすぐそばにおり、妹艦が戦わずして失われゆくさまを、眼前で見届けるという悲劇に見舞われたのだった。

マリアナ沖海戦

1944年6月。緒戦を優位に進めていた日本軍だったが、戦争の短期決着には失敗していた。すでに米軍は反攻作戦のための戦力を整えており、マリアナ方面への侵攻作戦を開始した。

このとき日本軍は米軍がマリアナに来るとは想定しておらず、対応は後手に回る。さらに悪いことに海軍乙事件(連合艦隊司令長官 古賀峯一海軍大将の殉職事件)の際に流出した日本軍の残存戦力の情報が米軍の手に渡っており、米軍は必要十分な戦力を用意して日本軍と相対。

結果、日本軍は空母翔鶴や艦載機、潜水艦多数を失い、惨敗を喫した。このとき長門は米軍艦載機による攻撃を受けたが損害は軽微だったため、大破した軽空母隼鷹を曳航しようとするが失敗。隼鷹は沈没し、長門は残存艦と共に撤退した。


▲真珠湾攻撃にも参加した翔鶴はマリアナに散った

レイテ沖海戦

1944年10月。敗色濃厚となった状況下、レイテ港に在泊している輸送船団を撃滅すべく栗田艦隊第一部隊・第一戦隊の一員としてブルネイより出撃する。

しかしながら既に戦力差は隔絶しており、23日には潜水艦の雷撃により愛宕麻耶を失い、高雄も被雷し落伍してしまう。

24日にはシブヤン沖で度重なる空襲を受け武蔵が沈没し、妙高も落伍。長門も激しい対空砲火で応戦するが、2発の30キロ爆弾を直撃され、52名の戦死者を出す。

翌25日、サマール島沖にて栗田艦隊は米軍護衛艦隊に遭遇。激しい砲撃を加えたが、長門たち日本の戦艦は射撃用レーダーを持っておらず、展開された煙幕とスコールのために有効な攻撃を行なうことはできず、殿を務めたカサブランカ級護衛空母、ガンビア・ベイ及び駆逐艦5隻を撃沈するにとどまった。

この戦いが軍艦としての長門の事実上最後の戦いとなった。

刀折れ、矢も尽きて

11月25日。横須賀に到着した長門は、燃料および物資の不足により動かせない状態となっていた。

1945年2月20日、警備艦となった長門は、7月18日の横須賀空襲において艦橋を破壊されてしまう。その後修理されることも無く終戦を迎えた長門を待っていたのは、ビッグセブンと呼ばれた栄光からは想像も出来ない厳しい運命だった。

クロスロードの光

米軍に接収された長門は、原爆が軍艦に与える影響を調査する核実験、クロスロード作戦の標的艦としてマーシャル諸島のビキニ環礁へと移動させられる。1946年7月1日。米空母サラトガ、独重巡プリンツ・オイゲンらと共に核の炎に包まれた長門だったが、これを耐えきってみせる。

7月25日に2発目の核を受け一時はこれも耐えたが、4日後の7月29日に沈没が確認される。

いま長門が沈む海域はダイビングスポットとなっている。放射線の影響があるため直接触れることはできないが、現存する唯一のビッグセブンを見ることができる貴重な場所として人気を博している。

史実では悲惨な最期を迎えた長門だが、『アズレン』の世界では重桜の巫女として重要な役どころを占めているようだ。彼女と共に戦い続ける蒼天の先には何が見えるのか。

そこに過酷な運命が待ち構えていようとも、仲間や指揮官と一緒なら、必ず乗り越えていける。筆者はそう信じている。

 

参考文献:歴史群像太平洋戦史シリーズVol.15「長門型戦艦」


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