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『アズレン』【特別企画】ヘレナ発見記念。その歴史を紐解く!

以前にもレキシントンや軽巡ジュノーを発見したポール・アレン氏が、今度はソロモンの激しい戦いで沈み、長き眠りについていた軽巡洋艦ヘレナ(USS Helena, CL-50))を発見したと発表した。『アズレン』内ではクリーブランド、ウィチタと組ませたときに生じるスキル相乗効果から圧倒的な強さを誇るため、”三幻神”の一角として運用されることも多いヘレナ。彼女が史実ではどのような時代を歩み、最後まで戦い抜いたのかを書かせてもらおうと思う。

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▲『アズレン』でのヘレナは小型艦建造か5-1、6-1、9-4でのドロップで入手可能だ

 

ポールアレン氏が公開した情報については以下のリンクを参照してもらいたい(英語)。

海底のヘレナ


▲ヘレナの艦番号、50がはっきりと読み取れる


▲後部射撃方位盤の残骸。今は海生生物の住処となっている

 

軽巡ヘレナの誕生


▲1943年ごろのヘレナ(写真はwikipediaより)

セントルイス型軽巡洋艦二番艦「ヘレナ」は、 1936年12月9日に ニューヨーク海軍工廠で起工され、1939年9月18日に竣工した。基本的な設計はブルックリン型と同一であるためブルックリン型の最終艦として扱われることもあるが、ここではセントルイス型とさせてもらう。なお、開戦当初より激戦に投入され続けたブルックリン型・セントルイス型の中で、ヘレナは唯一の戦没艦となっている。

 

ヘレナとアドミラル・グラーフ・シュペー

1939年12月、訓練航海に出たヘレナは、1940年1月29日にウルグアイの首都であるモンテビデオに入港する。ここでヘレナは、約40日前に自沈したドイツのアドミラル・グラーフ・シュペーの残骸を発見。写真を撮影し、報告書を作成している。


▲シュペーはイギリス海軍と交戦し、損傷の後に自沈。真珠湾攻撃の、約2年前のことだった。

 

真珠湾攻撃

1941年12月7日。真珠湾攻撃の当日には、ヘレナは普段、戦艦ペンシルバニアが係留されているドックを使用していた。そのためペンシルバニアと誤認されたヘレナは日本軍機の目標となり、真っ先に魚雷攻撃を叩きこまれてしまう。

攻撃開始から3分以内にヘレナの右舷中央部に魚雷が命中し、機関室とボイラー室が浸水、20名の死者を出す。しかしながら電源を立ちあげることに成功し、対空砲火で敵機をけん制。それ以上の被害を出すことなく、かろうじて日本の先制攻撃をしのぎきった。

1942年初頭には修理も完了。ガダルカナル方面での輸送任務に従事する。

 

ワスプ乗組員救助

1942年9月。ヘレナはガダルカナルへの輸送船団を護衛している第18任務部隊と合流する。8月下旬に繰り広げられた第二次ソロモン海戦で米軍は日本軍の軽空母、龍驤を撃沈していたが、潜水艦による攻撃で空母サラトガを大破させられていた。

第18任務部隊も対潜水艦警戒を強めていたのだが、9月15日、空母ワスプが伊19号潜水艦の魚雷攻撃を受け撃沈されてしまう。


▲炎上するワスプ(写真はwikipediaより)

このとき、ヘレナ重巡ソルトレイクシティ駆逐艦ラフィーらと共に乗員の救助に奔走。ヘレナ自身は約400名の乗員を救助することに成功したのだった。

 

サボ島沖海戦

ソロモン諸島のガダルカナル島は、大戦初期は当初は日本軍が掌握して飛行場を建設したが、米国は反撃を加えて日本軍に対する反攻拠点として使用。日本軍も繰り返し攻撃を試み、日米双方が陸海双方で衝突した激戦地である。

1942年10月11日、日本軍は飛行場を砲撃すべく小規模な艦隊を送りこむ。これを察知した米軍も迎撃のために艦隊を派遣。 サボ島沖海戦(夜戦)が生起することとなった。

この戦いで、ヘレナは装備していた最新鋭のSGレーダーを駆使し、いち早く日本艦隊を発見する。しかしながら艦隊旗艦である重巡洋艦サンフランシスコは旧型のレーダーしか装備しておらず、またヘレナからの報告も届かなかったため、混乱の中、彼我の艦隊の距離は接近。

焦れたヘレナは旗艦に射撃許可を求め、帰ってきた返答は「Roger(了解)」。ヘレナは砲撃を開始したが、この返答、実は連絡を受け取ったという意味での了解であり、ヘレナの命令誤認であった。

しかしながらヘレナの発砲を皮切りに、米軍艦隊は一斉に砲門を開き、攻撃を開始。この戦いで、米軍も損害を受けたが、日本軍の重巡古鷹駆逐艦吹雪を撃沈。結果的には米軍の勝利に終わった。


▲登場時に世界に衝撃を与えた高性能駆逐艦、吹雪はサボ島近海で散った。

第三次ソロモン海戦

11月。引き続きガダルカナル近辺での輸送船団護衛任務に就いていたヘレナだったが、ガダルカナルへ向けて日本軍の有力艦隊が接近しつつあるとの連絡を受け、軽巡アトランタジュノーらと共に迎撃部隊に参加する。この戦いは敵味方双方が大打撃を受けて多くの艦が沈み、後に鉄底海峡(アイアン・ボトム・サウンド)と呼ばれる船の墓場を作りだすこととなった。

11月13日01:24。ヘレナは25キロの距離にいる日本艦隊をSGレーダーにて捕捉。米軍は丁字戦法の体勢を取ろうとしたが、前衛の駆逐艦の命令誤認などのミスが重なり艦隊が混乱。

アトランタと駆逐艦暁の砲撃からなし崩し的に始まった戦いは、至近距離での大乱戦となった。アトランタは味方の誤射と戦艦比叡、軽巡長良の攻撃を受けて破壊され、ジュノーも駆逐艦天津風の魚雷を受けて大破。

旗艦のサンフランシスコも戦艦霧島、駆逐艦、照月の集中攻撃を受けて轟沈。指揮官及び次席指揮官が壮烈な戦死を遂げた。日本側も戦艦比叡、駆逐艦夕立が沈むなどの大きな損害を受け、撤退。

戦いそのものはガダルカナルへの接近を阻止した米軍側の勝利と終わった。


▲共に護衛任務に従事していたアトランタはソロモンに沈んだ

ヘレナが着た汚名

上席指揮官の戦死により、ヘレナのギルバート・フーバー艦長が残存部隊の指揮をとることになった。しかしながら傷ついた任務部隊を引き連れ撤退する途中、 伊26号潜水艦 の雷撃を受けてジュノーが轟沈してしまう。この際、フーバー艦長は更なる損害を警戒しジュノーの生存者救出を行なわずに離脱。この行動は結果としてサリヴァン兄弟の悲劇を生み出し、フーバー艦長は解任されてしまう。

このあたりの経緯については下記の記事に記載があるので興味があったらぜひ読んでもらいたい。

『アズレン』【特別企画】軽巡ジュノー発見記念。その歴史を紐解く!

 

クラ湾夜戦・ヘレナの最期

ソロモンで受けた損傷も修理されたヘレナは、軽巡ホノルルセントルイスと共に部隊を編成。新たな任務に就いた。

1943年7月、日本軍は勢力下にあったソロモン諸島のコロンバンガラ島に対し物資及び兵員の輸送をもくろみ、 駆逐艦からなる第三水雷戦隊を派遣する。米軍もニュージョージア島のクラ湾に面する地域に上陸作戦を行なうために輸送船団とヘレナを含む護衛艦隊を派遣した。

7月5日、ブインにて給油作業を行っていたヘレナは、日本の輸送部隊出撃との連絡を受け、迎撃に向かう。23時36分にはホノルルのレーダーが駆逐艦新月を補足。


▲新型の防空駆逐艦である新月は大型だったため、最優先で狙われた

23時54分。ホノルルセントルイス、そしてヘレナの3艦はレーダー統制砲撃を行い、新月を撃沈することに成功する。しかしながら砲撃を集中しすぎたために後続の駆逐艦、 涼風、谷風は無傷で米巡洋艦隊を射程に捉えることに成功する。

日本駆逐艦から放たれた酸素魚雷16発の内、3発がヘレナに命中。1発が船首をもぎ取り、あとの2発が船体中央部に命中。ヘレナの船体はV字型に裂け、そのまま沈没。日本軍と激しい戦いを繰り広げ、意図をくじき続けたヘレナは、こうしてあっけない最期を迎えたのであった。

多くの戦場で活躍しながらも、どこか幸が薄い感がいなめないヘレナだが、『アズレン』では手先の器用さを生かし、元気に毎日を過ごしているようだ。


▲ハロウィンではフレッチャー級姉妹に総出でお菓子をたかられたようだ
 


▲なお、上のクリーブランドのハロウィン衣装はヘレナの手作り

ヘレナと共に戦う指揮官には、きっと彼女からの差し入れがあるだろう。それは神経をすり減らす戦いの日々の中で、心いやす一服の清涼剤となるに違いないと、筆者は信じている。


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