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『アズレン』シナジー効果と史実を紐解く(9):華の二水戦・神通

著者:ゲーム★マニアックス編集部

『アズールレーン』(以下『アズレン』)に登場する艦船は、おもに第二次世界大戦当時の枢軸国、連合国が保有していた艦船をモデルとしており、艦の中には同時に出撃させることにより大きなシナジー効果を得られる組み合わせがある。この記事では、知っていると便利な組み合わせと、元となった艦の史実エピソードについて解説しよう。


重桜「華の二水戦」

 

 

重桜の軽巡洋艦、神通が保有するシナジースキル「華の二水戦」は、同時に出撃した軽巡洋艦及び駆逐艦の雷撃と装填をLV1の時点で5.0%。LV10では20.0%上昇させることができる。

このスキルでとくに重要な点と言えるのが、雷装値が高めに設定される傾向が強い重桜駆逐艦との相性が極めてよいことだ。また、神通自身の火力もそこそこあるため、三笠が保有する重桜艦の火力及び装填を上昇させるシナジースキル「新生連合艦隊旗艦」の恩恵を受けることもできる。現時点では、前衛艦隊旗艦として神通を配置するのが重桜艦隊の最適解と言えるだろう。


▲三笠・日向・山城・神通・綾波改・夕立で編成した重桜艦隊。

神通改

また、神通は改造が実装されている。改造に必要なアイテムは巡洋改造図T1×13、巡洋改造図T2×13、巡洋改造図T3×10。それに加え汎用パーツT3×50、魚雷パーツT3×20、同キャラまたはブリ×1 。必要資金は全部で29100

率直に言って改造艦の中でも最高ランクの改造難易度を誇る艦だ。しかし改造することにより習得できるスキル「不屈の神通」は強力だ。 自身の受けるダメージが20.0%軽減されるのに加え、同艦隊の駆逐・軽巡の魚雷クリティカル率がLV1で4.0%。LV10で10.0%アップする。

さらにスキルレベル6で、魚雷クリティカルダメージのアップ効果が加わる。魚雷攻撃による瞬間火力で敵を一掃する際に、極めて強力な効果を誇るスキルだ。もし神通を入手することが出来たら、優先して改造を施そう。それだけの価値は間違いなく存在する。

 

神通の入手方法

現状、10-4のボスマスのドロップのみで入手が可能だ。アズレン屈指の高難度マップであることに加え、ドロップ率も低い。入手を狙う際には十分に鍛え上げた艦隊を整えたうえで、長期戦を覚悟しよう。


▲この画面を見て感動した指揮官も多いと思われる

史実の神通


▲史実の神通(写真はwikipediaより)

『アズレン』に登場する神通のモデルとなったのが、日本海軍に所属していた川内級軽巡洋艦二番艦「神通」だ。1922年(大正11年)8月4日に神戸川崎造船所で起工し、1923年(大正12年)12月8日に進水を果たした。

ちょうど時を同じくして締結されたワシントン海軍軍縮条約により、日本は主力艦の保有量に制限を受け、駆逐艦を始めとする補助艦艇の改良、建造にまい進した。

東郷平八郎の「訓練に制限なし」の言葉をモットーに、敵艦隊に肉薄し、魚雷攻撃で敵を殲滅する水雷艦隊の編成と訓練に力を入れることとなり、神通はその旗艦として先頭に立つこととなった。

しかしながらその猛訓練は、神通の歴史に影を落とす。1927年(昭和2年)8月24日、島根県の美保関沖で行われた夜間無灯火の第八回基本演習において、神通は訓練中に駆逐艦蕨(わらび)と衝突。蕨は沈没し、92名の殉職者を出すという大惨事を起こしてしまう。神通自身も傷つき、 戦艦金剛に曳航されて舞鶴で修理、改装を受けることとなった。

この際、妹艦の那珂に準じた改装を受け、艦首の形状が変更された。なお、この惨事は美保関事件と称され、当時の神通艦長、水城圭次大佐は軍法会議直前に自決している。

 

華の二水戦

神通が第二水雷戦隊の旗艦として配備されたのは、 1936年(昭和11年)12月1日。戦艦をはじめとする主力艦の護衛任務に就く第一水雷戦隊とは異なり、二水戦は最前線用の攻撃部隊として編成されたため、最新鋭の装備が配備され最高の訓練を受けた最精鋭部隊として、「華の二水戦」と称された。その後神通は、大戦中のある時点まで二水戦の旗艦を務め続けることになる。

 

太平洋戦争開戦

1941年(昭和16年)12月8日の太平洋戦争開戦後、神通は旗下の駆逐艦隊を率い、当時オランダ領であったインドネシア方面へと進出。 1942年2月27日にはインドネシアのスラバヤ沖で、日本軍のジャワ島攻略部隊を連合国軍が迎撃。スラバヤ沖海戦が生起する。この戦いで重巡妙高・那智・羽黒らと共に戦った神通は、遠距離から激しい砲雷撃を行い連合国艦隊と交戦。

しかし猛訓練はしていたものの、艦隊同士での戦いは経験が浅く、神通自身はあまり戦果を得ることはなかったが、連合国側は重巡エクセターを失うなどの大損害を受け、戦い自体は日本軍の勝利となった。

 

第二次ソロモン海戦

ガダルカナル方面に日米両海軍の戦力が集結しつつある中、8月16日から17日にかけ、神通はトラック泊地より輸送船団及び護衛艦隊を率い、ガダルカナルへと進発。しかし米軍機動部隊やガダルカナル島ヘンダーソン基地に存在する米軍航空機部隊の存在により制空権を確保できず、輸送船団は身動きが取れない状態となった。

8月24日になり、神通は米空母サラトガの艦載機部隊の攻撃を受け、炎上している軽空母龍驤及びその護衛部隊を発見する。

低速の輸送船団を抱えた状態で航空機からの攻撃を受ければ全滅は必須であり、二水戦司令官である田中頼三少将は反転退避を決意する。しかしここで五航戦の翔鶴・瑞鶴を要する南雲機動部隊から、「敵エセックス型空母1隻・戦艦1隻大火災、空母1隻火災 」と連絡が入り、再度反転してガダルカナルへと向かうこととなった。

しかしこの連絡は誤報であり、実際に損傷していたのは空母エンタープライズのみで、米軍機動部隊にはサラトガとワスプが健在。ヘンダーソン基地の戦力も多数残存していた。

8月25日午前6時4分から5分。 ヘンダーソン飛行場を発進したアメリカ軍急降下爆撃機ドーントレス8機が神通を奇襲。爆弾が命中し火災が発生してしまう。さらには味方の輸送艦や駆逐艦を失いつつも神通はかろうじて退避に成功したのだった。


▲この戦いで駆逐艦睦月が失われている

 

神通最後の戦い・ コロンバンガラ島沖海戦

修理完了後、輸送任務や物資揚陸任務に従事していた神通は、 1943年(昭和18年)7月11日、ソロモン諸島コロンバンガラ島沖にて、迎撃のために出撃してきたアメリカ・ニュージーランド連合軍との戦闘に突入する。コロンバンガラ島沖海戦の勃発である。

このとき、神通は夜戦において極めて危険とされる探照灯照射を実施。後続の駆逐艦たちのため、敵艦隊を明るく照らし出した。その代償として文字通り敵の的となった神通は、軽巡ホノルル、セントルイス、リアンダーからの集中攻撃を受けてしまう。

ホノルルから1,110発。リアンダーから160発。セントルイスから1,360発の6インチ砲弾を叩きこまれた神通は大破炎上。伊崎少将以下第二水雷戦隊の幕僚も戦死するという大損害を受けながらも魚雷7発を発射するなど猛反撃を見せる。

しかし2発の魚雷攻撃を受けてしまい、船体は真っ二つに引き裂かれ、後部は即座に沈没。

万事休すと思われたが、なんと神通は、残った前半分の船体からなおも攻撃を続行。約2時間の間、第一砲塔からの砲撃は続いたという。後に戦史研究家サミュエル・E・モリソンから「神通こそ太平洋戦争中、もっとも激しく戦った日本軍艦である」と賞賛されるほどの勇猛な戦いぶりを見せた神通だったが、最終的には482名の死者を出し、水面の底へと消えていった。

なお、コロンバンガラ島沖海戦は日本側の勝利に終わり、 アメリカ軍は駆逐艦グウィンが沈没。軽巡洋艦ホノルル、セントルイス、リアンダー3隻が大破した。 日本側の損害は、神通ただ一隻だった。


『アズールレーン』公式サイト

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