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『アズレン』シナジー効果と史実を紐解く(5):フレッチャー級175姉妹大進撃

著者:ゲーム★マニアックス編集部

艦船擬人化シューティングRPG『アズールレーン』(以下『アズレン』)に登場する艦船は、おもに第二次世界大戦当時の枢軸国、連合国が保有していた艦船をモデルとしている。これらの艦の中には、同時に出撃させることにより、大きなシナジー効果を得られる組み合わせがある。ここでは知っていると便利な組み合わせと、元となった艦の史実エピソードについて解説する。


フレッチャー「お姉さん気質」


▲妹のフート、オーリックと共に出撃するフレッチャー。「お姉さん気質」スキルと「戦術指揮・駆逐艦」スキルが発動している。

フレッチャー級駆逐艦ネームシップであるフレッチャーが保有するスキル「お姉さん気質」は、前衛艦隊に配置されているフレッチャー級駆逐艦の火力と回避力をLV1の時点で10%、LV10の時点で30%上昇させることができる。LV1でも目に見えて効果を発揮する高性能なスキルであり、LVを上げれば更に有効性が増す。余裕があればレベルアップを考慮する価値があるスキルと言えるだろう。

また、フレッチャーが保有するもう一つのスキル、「戦術指揮・駆逐艦」は、 前衛艦隊に配置されている駆逐艦の火力、雷撃、装填値をLV1で1.0%、LV10で10%上昇させる効果を持つ。こちらのスキルは他の駆逐艦にも効果があるが、二つのスキルがかみ合うフレッチャー級姉妹はより高い能力を発揮することができる。

低燃費編成の代表格


▲フレッチャー、オーリック、フート、レンジャーで構成された燃料消費7の低燃費艦隊。装備を整えれば極めて使い勝手がいい構成だ

『アズレン』をプレイする際にしばしば陥るのが燃料不足だ。極力燃費のいい艦隊を編成する際に、フレッチャーは重要な存在となる。

フレッチャー自身が消費燃料の少ないレア艦であり、妹艦もノーマル艦が複数実装されている。いずれも未突破のフレッチャー+ノーマルフレッチャー級2隻で前衛を編成した場合、消費燃料はわずか4。後衛を消費燃料3の未突破レンジャーで編成すれば、消費燃料7で平均レベル70の艦隊を編成することが可能だ。装備次第ではあるが、第4章までならこの艦隊で攻略できることを確認済みだ。

イベントステージにおいても、序盤の敵戦力が弱いステージであれば十分通用する。通用しないステージになったらより強力な艦隊にスイッチするという、敵戦力の見極め役としての価値は非常に高いと言えるだろう。


▲赤城・加賀ドロップ狙いの3-4周回は、フレッチャー級のレベルアップにも格好の場だ

また、赤城・加賀狙いの3-4周回の際にも、フレッチャーは非常に役に立つ。人によっては何百回も周回することになるため、3-4を安定して攻略できる低燃費艦隊は必須となる。どのような編成にするか迷っている指揮官には、フレッチャー級中心の編成をお勧めしたい。3-4ではフレッチャー自身もドロップするため、周回編成用に加え、LV100を目指すためにもう1隻を育成することも十分可能だ。

 

フレッチャーの入手方法


▲序盤のステージで入手できるのもうれしいところ

現状、 小型艦建造での入手が可能だ。建造率も比較的高いので、目にする機会は多いと思う。また、2-3、2-4、3-4といった、序盤ステージでもドロップするため、入手に苦労することは無いだろう。他にも6-1、7-1、9-1でもドロップする。

 

フレッチャー級駆逐艦の誕生

1942年から就役が始まったフレッチャー級は、じつに175隻もの大量建造が為された。これは駆逐艦という艦種において最多建造のレコードであり、おそらく今後、更新されることはないであろう空前絶後の数字である。

なぜフレッチャー級はこれほどの大量建造されたのか。太平洋、大西洋と二つの海域での展開を強いられたアメリカ軍には大量の駆逐艦が必要であったこともあることは間違いないが、他にもいくつかの理由がある。

中でもとくに大きな理由は、フレッチャー級はロンドン軍縮条約による制限を受けていない最初の駆逐艦だということだ。

この時代の戦闘艦の運命を大きく左右しているのが1922年に締結されたワシントン軍縮条約と、1930年のロンドン軍縮条約である。ワシントン軍縮条約において戦艦や空母といった主力艦艇の保有量に制限を受けた列強諸国は、駆逐艦をはじめとする補助艦艇の建造をエスカレートさせた。結果として更なる軍備の拡張を招いたため、ロンドン軍縮条約ではそれら補助艦艇にも様々な制限が加えられることとなった。

駆逐艦においては、基準排水量1850トン以下、備砲の口径は5.1インチ(130ミリ)以下と規定され、米英の保有量は各15万トン。日本は10万5500トンと定められた。 また1500トンを超える艦は合計排水量の16パーセントまでと決められたが、この複雑な規定が作られた理由は、基準排水量1680トンである日本の吹雪型の建造を封じ込めるためとも言われている。


▲吹雪型のネームシップ吹雪。高速力・重武装の上、凌波性の高さから外洋航海性能にも優れており、駆逐艦の歴史を変えた高性能艦とされていた

アメリカも厳しい制限の中で様々な駆逐艦を設計・建造したが、砲や魚雷発射管の強化は重量の増大を招き、重心が上がってトップヘビーとなったり、構造上無理がかかる現象が多発することとなった。

しかし日本が1936年に第二次ロンドン海軍軍縮条約会議を脱退して以降はなし崩し的に軍縮条約は失効し、1938年にはアメリカも条約の制限を受けない形での艦船の設計を開始する。こうしてフレッチャー級は軍縮条約の元では禁じられていた、基準排水量2000トンを超える大型駆逐艦として産声をあげることになったのである。

フレッチャー級のネームシップ、フレッチャーが建造されたのは1942年。すでに日米が太平洋で激しい戦いを繰り広げていた時期だった。開戦当初、日本に押しまくられていたアメリカだったが、現有戦力で日本に対抗しながら、後方では圧倒的な生産能力で大量の艦船や航空機、車両を建造し、反攻のための戦力を整えていた。

艦隊のワークホース的な役割を期待されていたフレッチャー級も当然のように大量建造が行われた。その数、じつに175隻。


▲ハロウィンイベントの一コマ。どんな光景が広がっていたのか考えると、少し恐ろしい

ヘレナたちのお財布が一体どうなってしまったのか気になるが、それはさておいてわずか3年でこれだけの数の駆逐艦を建造するアメリカの力には驚愕するほかない。

なお、2018年1月現在、『アズレン』に実装されているフレッチャー級はフレッチャー フート スペンス オーリック チャールズ・オースバーン サッチャー ラドフォード ジェンキンス ニコラスの9隻となっている。あと166隻の内、どれだけの数が実装されるのか興味深いところだ。

 

フレッチャーの経歴

フレッチャーが就役したのは、太平洋戦争が開始されてから半年ほど経過した1942年6月30日。彼女は終戦までの3年の間に多くの戦いを経験しているが、中でも特筆すべき戦いとなったのが第三次ソロモン海戦だ。

11月13日にカッシン ラフィー アトランタ サンフランシスコ ポートランド ヘレナらと共に日本海軍と交戦したフレッチャーは戦艦比叡の撃沈に貢献する。また、この戦いでは駆逐艦夕立が単艦でアメリカ艦隊のど真ん中に突っ込み暴れまわったが、この夕立とも交戦している。

敵味方双方の船が多く沈んだため、後に「アイアン・ボトム・サウンド(鉄底海峡)」とも呼ばれたこの戦場でカッシンとラフィーは轟沈、サンフランシスコとポートランドも大破したが、フレッチャーは無事に生き残った。


▲夕立を航行不能に追いこんだのは、フレッチャーだと言われている(駆逐艦スティレットという説もある)

11月30日のルンガ沖夜戦(連合国呼称:タサファロング沖海戦)ではアメリカ側が多数の犠牲を出す。この戦闘ではフレッチャーは撃沈された重巡ノーザンプトンの乗員救助を行ない、多くの人命救助を果たしている。

1943年2月1日、フレッチャーはツラギ島上陸作戦の支援に、妹艦のラドフォード、ニコラス、ド・ヘイヴンらと共に参加しているが、この戦いでド・ヘイヴンが沈没。フレッチャーは妹艦の最初の散華を、眼前で見届けることとなった。

 

戦場に散り行く妹たち

大量に建造され最前線に投入されたフレッチャー級は、おびただしい犠牲を出している。


▲ ブーゲンヒル沖やトラック諸島で戦い抜いた歴戦の勇であるスぺンスは、1944年12月に台風に遭遇し沈没した

 

戦没の理由は様々だが、フレッチャー級には特攻隊による攻撃で沈没、大破した艦が多い。

この理由としてあげられるのは、当時アメリカ軍は小型艦艇に装備したレーダーにより日本軍航空機の索敵を行い、発見した航空機部隊に対し、味方の航空機部隊を誘導するという戦術をとっていたことにある。

この際、駆逐艦はレーダーピケット艦として相互に連携し、味方航空機の誘導にあたっていたが、一旦連携に齟齬が生じると、日本軍機の集中攻撃を浴びる過酷な任務であった。

また、特攻機の中にはアメリカ軍の航空機や対空砲・機銃などによる防空網を突破できなかった場合、苦し紛れに艦隊の外縁に位置する駆逐艦に特攻した者も多かった。

命を賭して突っ込んでくる特攻機との戦いに神経をすり減らしながらも、フレッチャー級をはじめとする駆逐艦たちは任務をやり遂げ、戦争の終結に貢献したのだった。


▲多くの妹が沈む中、フレッチャーは無事生き残った

戦後のフレッチャー級たち

大量建造されたフレッチャー級は、戦後には半ば不要な存在となっていた。

朝鮮戦争の時期には従軍した艦もいたが、その後はスクラップとして解体されたり、他国への供与艦として多数が母国を離れた。

フレッチャー自身は1967年8月に退役し、スクラップとなった。

妹艦たちの内、「ヘイウッド・L・エドワーズ」と「リチャード・P・リアリー」は1959年に日本へと貸与され、ありあけ型護衛艦「ありあけ」「ゆうぐれ」として就役。黎明期の海上自衛隊を1974年に退役するまで支え続けた。なお、メキシコに貸与された 「ジョン・ロジャース」 は、2002年まで現役に留まっていた。彼女の退役をもって、60年に渡るフレッチャー級の歴史は遂に終わりを迎えることとなった。

フレッチャー級は「必要なときに」「必要なだけ」存在した船なのかもしれない。

しかし彼女たちの姿が戦場から消えたとしても、積み上げられた歴史は消え失せることは無い。

『アズレン』ではそんな彼女たちを指揮官の思うがままに運用することが出来る。

激しい戦いの中での彼女たちの貢献の大きさは、多くの指揮官が知っている通りである。

 

(参考文献:海人社『世界の艦船 1997年2月号「米駆逐艦フレッチャー級のすべて」』)


『アズールレーン』公式サイト

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